骨髄検査でも正常な増血細胞しか見られず、悪性リンパ腫の治療の必用はないと知らされたのです
| 長期熟成プロポリスの名医による改善が期待される症状例/悪性リンパ腫への作用/(有)シャルウィ |
| 「・・・・・体験記にある1部の方々のように、化学療法の副作用がほとんどなくなる状況にはなれず焦りましたが、いただいた4年熟成を飲み終えたあと、分子が細かく吸収力が高いという10年熟成に切り替え、治療が1クール終わって次回までの間に、いまのうちにと思って飲めるだけ10年熟成のプロポリスを飲ませました。 せっかく飲めたと思ったらすぐに吐き戻してしまし、母も私も飲みたいのに飲めないというジレンマを口にも出せず、お互いに涙を浮かべたものでした。それでもまた私が作り直した蜂蜜入りプロポリスジュースを母は黙って受け取り、吐き気がおさまった、と思えた頃に再び口にする、といったことを何度繰り返したことでしょうか。 この状況はずっとそのあとも続きましたが、化学療法を繰り返しているにもかかわらず、プロポリスは肝臓をしっかり守ってくれました。また、プロポリスが薬剤の効果を増加してくれるのも事実だと思います。 飲み始めて1ヶ月ほどすぎた時期でした。 化学療法中は白血球がいちじるしく減少しますが、減少しはじめる時期が通常予測される時期より遅かったりして、その血液データが他の患者さんと間違えているのではないかと医療スタッフを騒がせてしまうほどの効果もあらわれました。私がにらめっこを繰り返し、期待を抱きながら頻繁に読み返していた本の体験記に載っているようなことが次第に起こり始め、私のプロポリスに対する確信はどんどん高まっていきました。 苦しいことですが、変わらず化学療法は続きました。治療の最大の山場、自家自家骨髄移植を再び迎えました。このあとを含めて1ヶ月、さらに激しい副作用で吐き気も合わせてひどく、プロポリスはまったくといっていいほど飲む事ができず、大変心配し焦った毎日でした。 でも移植が始まってしまうと、こうなってしまうのを知っていた私は、移植の直前まで飲めるかぎり10年熟成のプロポリスを飲ませていましたから、準備したプロポリスの力でこの1ヶ月を乗り切ってほしい、と期待していました」 そしてこの方の期待はかなえられました。白血球の減少によって人間の生存さえ危うくなってしまうこの時期を、肺炎や重大な感染症といった合併症もなく、10年熟成のプロポリスがお母さんを守ってくれたのです。この極限状況を乗り切った力はプロポリスの力以外のなにものでもないと、確信しています。 |
| 以後、この方のお母さんは少しずつ回復し、治療をすべて終了したということで退院予定まで決まります。しかし、ここで予想外の事態が起こります。 「・・・・すべて順調に終わっていくかにに思えていたのに、退院予定の前日の金曜日、私は医師に呼ばれて目の前が真っ暗になりました。検査の結果、ここ2〜3日で血小板が激減しており、再び治療の必要があるというのです。しかも、症状の程度はかなり深刻な可能性があると担当医から知らされたのです。 『終わったんじゃんかったの!』私たちにとって、このショックは筆舌に尽くしがたいものでした。可能なかぎりの化学療法はすべて終えたはずだったからです。 その夜、自宅にもどった私はどうしたら良いか途方にくれました。母が退院したら、もう薬剤に邪魔されることもないから、プロポリスを浴びるように飲ませてみようと考えていたばかりでした。 次の土曜日の朝、母の慰めのためにも外泊許可が取れるのであれば連れて帰ろうと思い、医師にお願いしてみました。その日の朝の血液検査の結果、血小板の減少は続いているものの、医師の予想数値ほどは激減していなかったので許可がでました。 実はここから小さな奇跡は始まっていたのです! 話が前後しますが、退院予定のはずだった土曜日の朝、火曜日あたりから血小板はかなりのスピードで減少していて、このままそのスピードは変わることなく、週末も減少は続いていくだろうと医師に予測されていました。 自家骨髄移植が終わって退院を迎えようとしていた間、状況を見ながら、10年熟成のプロポリスを朝晩2回2スポイトずつ飲ませていました。そして退院が取り消された金曜日の夜、私にはできることが思いつかず、ただいつもより1回分(2スポイト分)プロポリスを多く使ったジュースを飲んで欲しい、と落ち込む母に願いました。正直なところ、これだけでは状況は変わらないと思っていました。 次の土曜日の朝、先に”小さな奇跡”といった血小板の減少幅の減少が起きていたのです」 血小板の数値は減少していたものの、医師の予想数値よりも良く、日曜日の夕方の採血の時間までの戻るという条件でこの方のお母さんは外泊許可が出ました。 他の健康食品と違いプロポリスには即効性があります。しかしこの方のお母さんのような末期ガンの場合、いくら即効性があるといっても効果のあらわれ方はどうしても制限されます。これは想像ですがこれまで飲んでいた熟成プロポリスが次第に効果をあらわす時期にさしかかっていたことと、いつもより2スポイト多かったことがこうした良い結果に結びついたのではないかとと思われます。 |
| 「・・・・・・・土曜日の正午頃、自宅に戻った私たちは、一縷の望みをプロポリスに託そう、と相談して決めました。血小板の減少幅が小さくてすんだのは、金曜日の夜、いつもより多めに飲んだ2スポイト分が効いたためであったなら、もっと飲めばまた化学療法を受けずにすむかもしれない!100%の確信はありませんが、他に理由が見当たらなかったのです。『もうこれでやってみよう、余計なことはすまい』と私はジュースを作り続けました。 治療中のような嘔吐はなかったものの、気分はやはり悪いらしい母でしたが、それでも一生懸命飲みました。 この日から、私は何月何日、何時に何スポイト飲めたかの記録をきちんと取り始めました。その後も続けて、約2年ほど記録を取り続けました。結局、この土曜日には10年熟成を12スポイト、日曜日の夕方に病院に戻るまでに16スポイト飲みました。 そして、病院へもどって受けた検査の結果は、血小板が”増加”していたのです!担当医の予想をくつがえす結果です!予想では今日の土曜日には、血小板は最低値まで減少するだろうといわれていたからです。それが減るのをくい止めたばかりでなく、増加に転じている!このとき、私は確信を新たにしました。その後、この日曜日には計18スポイト飲ませて自宅に戻りました。 翌く月曜日、仕事を終えて、私は病院に急ぎました。母の結果が一時的なもので逆もどりしたりしていないだろうかと心配だったからです。その日私は、担当医に、『治療は、もう少しプロポリスで様子を見てからにしたい』とお願いしようと考えていました。この調子なら、プロポリスだけで乗り越えられるかもしれない、と思っていたからです」 この方が病院に着くと、お母さんは、着くまでに20スポイト飲んでいたそうです。「プロポリスに望みを託そう」という約束と、血小板の増加という思いもかけなかった日曜日の検査結果に希望を感じ、お母さんも積極的な気持ちになったからだと思われます。 |
| 「・・・・・・・しばらくして私は、いつものとおり面談に担当医に呼ばれ、緊張しながら医師と向き合いました。知らされた結果は最高の結果でした。治療の延期の是非どころか、血小板がさらに”増加”し、骨髄検査でも正常な増血細胞しか見られず、もう治療の必用はないと知らされたのです。 担当医は、翌日火曜日の退院を決められました。本当に信じられないくらいでした。担当医の勧めに従って、再度、母を交えて面談しました。いつも厳しい顔をされている担当医でしたが、満面の笑みを浮かべて母に向かっておっしゃいました。『9回裏、逆転サヨナラホームランだね』と。 翌日、母は退院しました。金曜日には退院が取り消され、『もう一度治療をしないとならない』とといわれていたのが嘘のようでした。 その後、約1ヶ月間は、一日約20スポイト飲みました。その後も検診を受けながら、1年ほどは毎日16スポイトくらい飲みました。1年後くらいからは、12スポイトほどに減らしていきました。 今年の春で、2度目の退院からはや3年が過ぎようとしています。この間、もちろん10年熟成プロポリスのお世話になり、いまでは1日8スポイトまでに減らすことができるようになっています。申し添えますが、退院以来、母は内服薬も外来治療も受けたことはありません。プロポリス、それだけです。」 こうして、この方のお母さんは、末期の悪性リンパ腫から生還されました。こうした劇的な回復は、医師の言葉にもあるように、「9回裏の逆転サヨナラホームラン」かもしれません。 しかし、そのホームランを打ったのは、末期のガンであったお母さん本人です。また消えていなかった自然治癒力をプロポリスが燃え立たせ、お母さんの自然治癒力が力強く動きだした結果なのです。 |
| 当社扱いの熟成プロポリスを使用した名医などによる症状の改善例です。こちらも参考になさって下さい | ||||||
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